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【SF】2013最終戦鈴鹿:山本尚貴が魅せた“チャンピオンにふさわしい大逆転劇”
- 2013/11/15
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2013年の全日本選手権スーパーフォーミュラの最終戦鈴鹿ラウンド。この週末で唯一逆転タイトルの可能性を残していた山本尚貴(TEAM無限)が、見事ポールポジション2回、Race1で優勝、Race2も3位に入り大逆転でシリーズチャンピオンを獲得した。
ポイントランキング首位のアンドレ・ロッテラー(PETRONAS TEAM TOM’S)と2位のロイック・デュバル(KYGNUS SUNOCO Team LeMans)がWEC参戦のため欠場という異例の事態。直接ライバルと勝負して勝ったレースではなかっただけに「アンドレがいなかったから勝てた」という見方をする人も少なくないかもしれないが、9日(土)の予選、10日(日)の決勝と、終わってみれば誰もが“チャンピオン”と認める走りをみせた。今回は新王者になった山本尚貴が魅せた奇跡の大逆転劇を振り返っていこうと思う。
【“無心になって攻めた”土曜の公式予選、ダブルPPで2ポイント獲得】
最大のライバルが欠場という異例の事態で戦わなければいけなかった山本。「ロッテラーが走らないのだから逆転は容易だろう。」という見方も多かったが、第6戦終了時点でトップだったロッテラーの37ポイントを上回るためには2レース制で行われる決勝で最低でも表彰台以上。そして必ず1勝はしなければいけないという厳しい条件。山本は、これまで1度ポールポジションの経験はあるものの、F・ニッポン時代から優勝経験がなく、彼にとっても未体験の結果が求められるレースウィークが始まった。
まずは第1関門となる9日(土)の公式予選。今回は2レース制という事で、ノックアウト方式でのQ1でトップタイムを記録した者がRace1のポールポジション、通常通りQ3でトップだった者がRace2のポールポジションとなり、それぞれに1ポイントずつのボーナスが与えられる。ロッテラーの差を考えるとポールを取れなくても逆転のチャンスはまだ残るのだが、逆にどちらか1レースでもPP獲得を逃してしまうと、決勝では2連勝しなければならなく。そういう意味では何としてもPPボーナスの2ポイントがほしい山本。まずRace1のグリッドを決めるQ1でもきっちり1分38秒055を記録し、逆転タイトルへのハードル第1段目をクリア。しかしRace2でもポールを獲得し、ボーナスを得ないと意味がない。Q2は無難に2位で切り抜け、満を持して最終のQ3へ駒を進めた。しかし、ここで逆転タイトルへの“1つ目の試練”ともいうべき予想外の事態が発生してしまう。
アタック中に前を走っていた国本雄資(P.MU/CERUMO・INGING)がスピン。コース脇にマシンを止めてしまい赤旗中断。それまで区間ベストで周回していた山本はアタック中断をよぎなくされ無念のままピットへ。時間が限られているためグリーンシグナル後すぐにコースインするドライバーが多いが、逆にそれで発生するトラフィック(前後に他車がいって集中してタイムアタックできないこと)を嫌い、山本はわざとギリギリまでコースインを粘る作戦を選択。残り5分30秒でピットを後にするが、今回ばかりは作戦が裏目に出てしまったのだ。
幸いレギュレーション上、残り3分のところまで時間が戻され、もう一度アタックをするチャンスを得たが、その時間はわずか3分。これだと再び好タイムを出すために必要なウォームアップラップを行う時間がなく、すでに1度タイムアタックを試みたタイヤしか残っていない。いくら今回の山本とTEAM無限の16号車は絶好調とはいっても、その時点でトップだったジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ(Lenovo TEAM IMPUL)の1分38秒067を上回るのは難しいと思われた。
まさに絶体絶命の大ピンチ。しかし、コックピットの中で1人諦めていなかった山本は、逆転タイトルを自らの手で掴むために、不可能を可能にするのだった。ピットアウト周のみのウォームアップを終えてタイムアタックに入ると、全くミスのない走りで1・2コーナー、S字区間を通過。セクター1で全体ベストを記録。続くセクター2も全体ベスト。こうして後半の西コースも完璧なアタックを披露し、1分37秒774のコースレコードで見事ダブルポールを獲得。これには会場に詰めかけたファンだけでなく、多くのプレス関係者も驚いた様子だった。
これこそ誰も予想していなかった展開だっただけにファンも関係者も興奮した表情をみせ、パルクフェルメに帰ってきた山本を拍手で出迎えた。ところが神がかり的なベストラップを刻んだ山本だけは一番冷静だったのだ。マシンを降りて小さくガッツポーズ。全力でサポートしてくれたTEAM無限のメカニックのもとへ真っ先に行き一人ひとりと固い握手。2年前の初ポール以来、自身2度目。その表情には笑顔はほとんどなく「まだ明日が残っている」と、逆に自分で気を引き締めようと務めている表情が印象的だった。
その後の記者会見で、Q3でのタイムアタックを振り返った山本は「赤旗はまずいなと思いましたが、絶対に諦めないと自分に強く言い聞かせて、最後のアタックに臨みました。そのアタックでしっかりポールがとれて嬉しかったです」とコメント。その表情は苦しい状況からポールを勝ち取ったという嬉しさよりも“逆転タイトルのためのハードル2段目をクリアしただけ”と、パルクフェルメ同様に冷静だったが、それと同時に今までにないほどの強い自信とオーラが感じられた。
【悲願の初優勝も“こんな所でミスをする自分はまだまだ”と自ら叱責】
ダブルPPから一夜明けた10日(日)。鈴鹿サーキットはあいにくの雨模様となり、Race1はウエットコンディションとなった。前日から今までにないくらいの集中力と気合いで、逆転タイトルへのハードルを全てクリアしてきている山本。絶対に諦めないという強い気持ちが、チーム全体を動かし始める。8分間ウォームアップでの走行を終え、マシンとコースの状況をエンジニアに伝え、スタート直前だがフロントサスペンションのスプリングを交換。今のコンディションにより似合ったセッティング変更をする決断をした。
山本の強いリクエストで今年から16号車の担当となった阿部エンジニア。今シーズンの大躍進を影で支えていた存在である。彼の分析を山本も信頼し、時間がないグリッド上でフロントセクションを分解してスプリングを交換。もし作業に遅れが生じた場合、その時点でPPスタートの権利を失い、Race1で優勝する可能性はほぼゼロになってしまう。厳しい状況の中でTEAM無限のメカニックは迅速に作業を進行。なんとかスタートまでに交換を完了させた。「チーム全員で尚貴をサポートする。そして全員でチャンピオンを取りに行く」そんな強い気持ちが各メカニックから伝わってきた。
注目のスタート。雨の中で無難にダッシュを決めてトップで1コーナーへ進入。2年前の初PP時は失敗してしまったが、今回はきっちりトップの座を守った。そこでホッとした山本に、この日最初の試練が襲い掛かる。1周目のシケイン入り口、思った以上に濡れた路面に足元をとられブレーキングに挙動を乱してしまう。結果的にシケインをショートカットで逃げるような形をとり、スピンを回避。これで2位に上がっていた小暮卓史(NAKAJIMA RACING)にトップを奪われたが、スピンして順位を大きく下げるという最悪の事態は免れた。その後は直前のセッティング変更が大きく影響し独走。わずか20周のスプリントレースで後続に対し8.6秒の大差をつけ、見事初優勝を飾った。
国内トップフォーミュラでは初のウイニングランを終えパルクフェルメに戻ってきた山本。しかし、ここでも小さくガッツポーズするだけで感情を表現する様子はなく、その表情も報道カメラマン向けのフォトセッション用に笑顔は見せたが、本当の意味で喜んではいなかった。そして直後の記者会見では、多くの記者・ジャーナリストが集まる場で自分自身を叱責した。
「思った以上にクルマが止まりませんでした。ここで無理にステアリング修正をしてスピンすると全部が台無しになってしまうので、ショートカットする形で上手く逃げました。ただ、小暮選手に抜かれるのは想定外でしたが、その後はトラブルが出て再びトップへ。結果オーライのレースでしたが、(チャンピオンがかかる)大事な1戦でミスをするなんて、自分もまだまだだなと思いました。」
この記者会見でも表情が緩むことはなく、視線はすでに午後のRace2に向いていた。
【“最後は無我夢中で走った”Race2は逆転チャンピオンへの最後の試練】
悲願の初優勝からわずか3時間後。今度は初のシリーズチャンピオンをかけ、ポールポジションに戻ってきた山本。ここで3位以内に入れば逆転でのチャンピオンが決まる。昨日の予選でダブルポール、今朝のRace1でも難しい雨のコンディションを制し、堂々のトップチェッカー。今までの彼から感じられなかった強さと速さに、いつの間にか鈴鹿に駆け付けた多くのファンが彼を応援しはじめていた。スタートではダッシュこそ良くなかったものの、何とかトップのまま1コーナーに飛び込みレースの主導権を確保する。しかし、逆転チャンピオンに向けての最後の試練が、山本に襲い掛かる。
午前中から天候がいくらか回復し、路面はハーフウエット。山本を含め上位陣はほとんどウエットタイヤを選択したが、フォーメーションラップが始まる頃にはドライタイヤでも走行可能なコンディションになり、いきなりタイヤ交換合戦が幕を開けた。1周目に中嶋一貴(PETRONAS TEAM TOM’S)とジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ(Lenovo TEAM IMPUL)がドライタイヤにいち早く交換。トップを走っている分、真っ先に交換というギャンブルに出にくかった山本は良く2周目にピットへ。しかし先に交換した2人のペースが良く、コース復帰後の2コーナーで逆転を許してしまう。他のドライバーも続々にピットインを予定していた関係上、実質的に3番手の位置でレースを進めることに。ただ、わずか1周の判断の遅れは大きな影響を及ぼし、徐々に一貴とオリベイラとの差が広がっていった。
Race1とは打って変わって苦しい展開になるものの、このままの順位を守りきれば逆転チャンピオンは決まる。後続との差もある程度あったため、ファンとしては少し安堵できたかもしれないが、そういう時に限って何か予期せぬ事態が起こるのがレースであり、チャンピオンがかかる最終戦なのだ。
残り5周を切ったところで雨が降りだすと、残り2周で雨脚が一気に強くなり、コース上は大混乱。これで2位を走っていたオリベイラがスピンを喫しクラッシュ。これで山本は2位の座を手に入れるが、濡れた路面で完璧に失速。残り2周のシケインでまたしても飛び出し、後ろから迫ってきていた小暮の先行を許してしまう。これで3位に下がってしまった山本に、今度はロッテラーと同じトヨタエンジン勢の平川亮、アンドレア・カルダレッリKYGNUS SUNOCO Team LeMansの2台が接近。何度も並びかけられる。おそらく多くのファンが「またダメなのか・・・」と、悔し涙を流す山本の姿が、頭をよぎったことだろう。だが、何度も触れている通り、今回の彼は本当に強くなっていた。ファイナルラップに入ってからもミスのない走りで冷静に対処し、見事3位のままチェッカー。短いようで長かった逆転タイトルをかけた2日間の戦いに、ついに終止符が打たれ、山本尚貴の逆転チャンピオンが決定した。
この日2度目のパルクフェルメに帰ってきた山本は、この2日間封印し続けていた喜びを一気に爆発。何度も何度もガッツポーズを繰り返した。ただ「Race2は色々なことがありすぎて、泣く暇がありませんでした。涙よりも嬉しさが勝りましたね」お決まりの涙は珍しくなく、今年一番の“尚貴スマイル”が表彰台でも輝いていた。
「本当に信じられないです。正直、僕だけが逆転の可能性を残しているとあって、予選や決勝前は緊張しました。やっぱり見えない敵と戦って、自分に打ち勝たないとチャンピオンにはなれないと思ったので、無理をせずに自分が今持っている100%の力を出し切ることに集中しました。120%と欲張ってしまうと失敗することも合ったと思うので、100%をきっちり出すことだけを考えていました。」
「土曜フリー走行を走ってクルマの調子が良く、自信も持てたので、まずは自分の仕事をきっちりこなすことに集中しました。今日の2レース本当に色々なことがありましたが、クルマもエンジンも良かったし、運も味方してくれました。全ての要素が噛み合わないと優勝することはできないですし、チャンピオンはとれなかった。そういう意味ではここまでサポートしてくれたスポンサー様をはじめ、ホンダさんやTEAM無限の皆に心から感謝しています。」
【見えない敵と戦いに勝利した山本。一番のライバルだったのは・・・】
今週末、何度も彼が口にした“見えない敵”という言葉。きっとその正体は、37ポイントをすでに獲得し、欠場ながらチャンピオンに王手をかけていたロッテラーではなく、彼にずっと負け続けてきた“今までの自分自身”と戦っていたのかもしれない。それぞれの予選アタックも、よりシビアになって各コーナーを攻略。決勝でも些細なミスを“運に助けられた”と済ますのではなく「自分にまだ足りない部分があるから」と、自分自身を叱責するかのように自らムチをうっていた。もし2人がこの最終戦にいたら、そのミスをついて自分を追い抜き逃げ去ってしまうこと、その悔しさを誰よりも知っているからこそ、自分にあえて厳しくしているようだった。
そういったトップ中のトップを突き詰める姿勢がチーム全体の士気を高め、会場に詰めかけたファンや関係者を魅了。気がつくと、普段は他のドライバーやチームを応援している人も、Race2の後半には皆が山本の16号車を応援し、「彼にチャンピオンになってほしい」と声援をおくりはじめ、最後は鈴鹿サーキットに眠る“勝利の女神”をも味方につけていた気がする。
自分の走りで周りを魅了し、数字上での逆転だけでなくファンや関係者を納得させる走りを披露した2日間。ロッテラー、デュバルがいない中での逆転タイトルであることは事実だが、間違いなくチャンピオンを獲得するにふさわしい逆転劇だったことは確かだった。その証拠にRace2後のシーズンエンドセレモニーで集まったファンからは他のドライバーからスパークリングファイトで集中砲火を浴び、スタンドの“尚貴コール”が湧き起こるなど、皆が彼のチャンピオンを祝福。誰もが認めるスーパーフォーミュラ初代チャンピオン“山本尚貴”が誕生した瞬間だった。
『記事:吉田 知弘』
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