2013年のSUPER GT第5戦インターナショナルポッカサッポロ1000kmレースのGT500クラス。真夏の鈴鹿決戦を制したのはウイダーモデューロHSV-010の山本尚貴/フレデリック・マコヴィッキィ組だった。特に山本は参戦4年目にして悲願の初優勝。ウイニングランを終えてパルクフェルメに戻ってくると、人目をはばからず涙を流し続けた。
国内で最も人気を誇るレースカテゴリー「SUPER GT」は、日本を代表するトップドライバーはもちろん、元F1ドライバーにル・マン24時間など世界各国のレースで活躍経験のある猛者が集まり、毎回ハイレベルな争いが繰り広げられる。その中でGT500・GT300と各クラス1チーム2名のドライバーが優勝し、表彰台の頂点に立つ権利を得る。モータースポーツを長年観ている人であれば、すごく当たり前のことに思えるだろう。ただ、その“勝つこと”がどれほど難しく大変なことなのか、それを一番良く知っていたのが山本尚貴だったかもしれない。
【“過去の悪い思い出”と闘ったラスト10周】
スタートからMOTUL AUTECH GT-R(柳田真孝/ロニー・クインタレッリ)との激しい優勝争いが続き、残り43周でほとんど差がない状態の中、バトンを受け取った山本。現王者であるクインタレッリの猛追を振り切り、残り10周で約6秒のリードを築いた。悲願の初優勝まであと少し。そんな山本の脳裏に“あの日のレース”がよぎってきたという。
「残り10周を過ぎたあたりから、考えたくはなかったのですが、過去に失敗してきたレースがいくつも出てきました。でも、それに打ち勝たないといつまで経っても今の自分からは成長できないので、何としても殻をやぶりたいなと思い、1周1周プッシュしました。」
彼がデビューした2010年の第4戦セパン。当時パートナーだった伊沢拓也からトップでバトンを受け取った山本は30周目にカルソニックIMPUL GT-Rのクインタレッリにパスされ2位。逆転しようという気持ちが焦りにつながり、37周目の2コーナーでインを狙うも勢い余って接触。12号車はスピンを喫しトップを手に入れたが後に接触行為がペナルティ対象となり後退。初優勝のチャンスを逃した。
一番勝利に近かったといえるのが、昨年の開幕戦岡山。ZENT CERUMO SC430の立川祐路と繰り広げた抜きつ抜かれつの激しいトップ争い。残り2周で再逆転を果たし先頭でファイナルラップへ突入する。このまま守り抜けば初優勝だったが、残り半周のヘアピンで一瞬の隙を突かれ立川にトップを奪われ2位でチェッカー。パルクフェルメに戻ってきた山本はヘルメットも脱がずピットへ帰り、悔し涙を流し続けた。
この他にも2010年の鈴鹿700kmのレース終盤に23号車を駆るブノワ・トレルイエに抜かれてしまったシーンや2011年の鈴鹿でスポンジバリアにクラッシュしてしまったシーンなど、過去に自らのミスで落としてしまった全てのレースを思い出しながら走っていた山本。だが、それらの失敗や経験は決して無駄にはならず、残り10周をミスなく走り切るための“戒め”となった。
「過去思い出したレースは全部“勝てるかも”と思った瞬間に起きてしまったミスばかりだったので、最後の最後まで“優勝”の2文字は考えないようにして、とにかく目の前の事に集中しました。後ろとの差も6秒、GT300の車両に一度ひっかかると3秒なんて簡単にロスしてしまうので、決して安全なリードでもなく、ひたすら23号車から逃げることだけを意識して攻め続けました。でも、残り2周は体が動かなくなるくらい緊張しましたが、最後までミスなく走れました。」
【チェッカー後、真っ先に飛び込んできた“仲間たちの笑顔”】
短いようで長く感じたラスト10周。それを乗り切ってチェッカーを迎えた瞬間。真っ先に目に飛び込んできたのは、今シーズン苦楽を共にした相方のマコヴィッキィと、18号車を完璧な状態に仕上げてくれたチームスタッフの笑顔だった。
「ピットウォールでフレッド(マコヴィッキィ)とチームの皆が大喜びしているのが目に入った瞬間は、めちゃめちゃ嬉しくて涙が込み上げてきました。あのスピードでも皆が喜んでくれているのが分かったので、本当に良かったです。」
参戦4年目、これまで何度も勝てそうで勝てないレースが続き、その都度ピットに戻ると大粒の“悔し涙”を流してきた。だか、今回彼がパルクフェルメで流した嬉し涙は「岡山で立川さんに逆転されたレース。」「セパンで12号車にぶつかってしまったレース」「鈴鹿でスポンジバリアに刺さってしまったレース」「今年、18号車で経験した悔しいレース」など、今まで自分自身を苦しめてきた過去の思い出を、全て洗い流すような涙だった気がする。
【この光景が見られるから、レースは止められない】
レース後の記者会見で山本は、初めてウイニングランでコースを1周回ってきた時のエピソードも語ってくれた。
「ウイニングランの時は夜なのでたくさんのカメラのフラッシュがたくさん見えましたし、スタンドから応援フラッグを振って喜んでくれているファンの姿が分かったので、あの景色は最高に気持ちよかったです。レースは辛いことも多いですが、これがあるから辞められないし、また勝って、この気持ちを味わいたいなと思います。レースをやっていると楽しい事ばかりではないですが、これがあるから止められないし、今回勝つこと嬉しさや喜びの味をしめたので、次の勝利に向けて頑張りたいです。」
よく日常の中で『苦労が報われた』という言葉を耳にする。言葉として発するのは非常に簡単だが、その瞬間が訪れるのは何度失敗しても、何度心が折れそうになっても、目標を達成することだけを諦めずに挑戦し続けてきた者だけだ。今回の山本は、この言葉がピッタリ当てはまるレースを見せてくれ、鈴鹿サーキットに来場したファンのみならずテレビで観戦をしていた多くのファンに感動と勇気を与える結果となった。
そして記者会見を終え、18号車のピットへ帰る道中。多くのレースファンに囲まれ、サインや記念撮影を求められていた。今まで「部長」という愛称で先輩ドライバーはファンから愛され、どちらかと言えば“いじられキャラ”だった山本。ゆえにレースという点では脇役として見られることも少なくなかったが、この日のファンや関係者は全員“2013ポッカサッポロ1000kmの優勝者”として、“主役”として彼を祝福。たった1つの勝利でまわりの環境が一変するくらい“勝つこと”というのは、大きな意味を持つのだろう。
これから始まるSGTの後半戦。現在18号車はトップから2ポイント差のランキング3位。この勝利でチャンピオン争いの可能性も大きく浮上した。この1勝で、肩の荷が下りたという山本。第6戦富士では80kgと重いウェイトを積むことになるが、HSV-010と日本でのレースに慣れ始めたマコヴィッキィとともに、今後も目が離せない存在になりそうだ。
『記事:吉田 知弘』
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