2013年のF1第9戦ドイツGP。セーフティカーが出るなど波乱の展開となった決勝レースはセバスチャン・ベッテル(レッドブル)が母国ドイツで今季4勝目を挙げた。今回の「〜Point of the Race〜」では、スタートからゴールまでの60周に渡って繰り広げられたベッテルとロータス2台によるトップ争いにフォーカスを当てようと思う。チェッカー時の1位と2位の差は、わずか1.008秒。その差で勝敗を分けた瞬間を振り返っていく。
【ベッテル得意の先行逃げ切りを食い止めたロータスのグロージャン】
予選はルイス・ハミルトン(メルセデスAMG)の先行を許し2番手のベッテル。それでもスタートで好ダッシュをみせ1コーナー同僚のウェバーとレッドブルのワン・ツー態勢を築いた。いつものベッテルなら序盤で集中して一気にリードを築くのだが、今回は42℃と高い路面温度の中で予選Q3から装着しているソフトタイヤ(黄)を労りながら走らなければいけなかったため、なかなか後続との差が広がらなかった。
【ライコネンも加わり、三つ巴の優勝争いへ】
いつも通りの展開に持ち込めないベッテルに、今シーズンはまだ直接対決がなかったライバルがトップの座を狙ってくる。ソフトタイヤの消耗がどうしても早いため、ベッテルは7周目にピットイン。ミディアムタイヤ(白)で第2スティントに向かう。上位陣も6〜9周とほぼ同タイミングで1回目のタイヤ交換を済ませたが、唯一5番手からスタートしたロメイン・グロージャン(ロータス)だけはソフトのまま粘り強く走行。10周を過ぎてもペースが落ちることなく自らのピットストップ時間を稼いでいく。結局、13周目まで引っ張ってピットイン。ここでベッテルの逆転とはならなかったが、直後に2位に浮上すると約3秒前方にいるワールドチャンピオンを一心不乱で猛追。このトップ争い多くの予想をくつがえして最終ラップまで続いていくのだった。
【ライコネンも加わり終盤に繰り出されたロータス2台によるダブル攻撃】
途中、アクシデントによりセーフティカーが導入された中盤戦。ちょうど残り半分にあたる30周目にレースが再開される。ここでもベッテルは一番得意としている再スタート直後の数周に全てをかけ、1分35秒台を連発し全力疾走。ところが2位グロージャンもすぐに35秒台に入れて食らいついていく。それだけではなく3位の僚友キミ・ライコネンも同様のペースで追いかけ、気が付くと三つ巴の展開になっていく。
残り周回を考えるとタイヤ交換はあと1回ずつ。誰が度のタイミングで動くのか?それでドイツGPの優勝者が決まるといってもおかしくない状況。その中で先手を切ったのがグロージャンだった。1回目とは異なり、今度はアンダーカット(ペースが上がらない前車より先にタイヤ交換を済ませ新品タイヤの特性を生かしてペースアップ。相手がピットインしている間に逆転する作戦)でベッテル攻略に出る。これにレッドブルの首脳陣もすぐ反応。アンダーカットされるのを防ぐため、すぐ翌周にベッテルをピットに呼び戻して新しいミディアムタイヤを装着。これで逆転は免れたが、同時にライコネンの先行を許すことになってしまった。
実はベッテルがピットインする41周目。使い込んだミディアムタイヤながら区間タイムでベストを更新。グロージャンとは逆にコース上に数周多く留まってベストタイムを連発。自らのロスタイムを稼いでしまおうという作戦だった。つまりベッテルはあの41周目に「グロージャンの逆転を阻止してライコネンの先行を許すか?」「ライコネンを抑えこみ、グロージャンのアンダーカットを許すか?」という選択を迫られていたのだ。結局、前者を選んだことにより1位はライコネン。ここにきて優勝争いの展開が大きく動き始めた。
【裏の裏をかいた作戦が裏目に】
今季2勝目が目前に迫りはじめたライコネンだったが、予想以上にコース上に留まり最後のピットインを引っ張っていた。実はこのまま入らずにチェッカーまで走り切ってしまおうという作戦。タイヤに優しいロータスE21のマシンと、マネジメント面では現役一番の実力を持っている彼の腕を持ってすれば不可能ではなかったが、これがベストな戦略ではなかった。レース後半にかけて路面温度はさらに上昇し44℃。これにはさすがにミディアムタイヤも限界が訪れ、残り11周でピットイン。中古ではあるが即効性のあるソフトタイヤに交換し、スプリント勝負で再逆転を狙った。
一方、思わぬか形で再び首位の座に戻ってきたベッテル。しかし背後には依然としてグロージャンが迫ってきており、ソフトタイヤに交換したライコネンも怒とうの追い上げをみせた。残り5周で2位に上がると迷わず猛プッシュ。1分33秒台という予選のラップタイム並みの速さで追いかけたが、ベッテルもギリギリのところで踏ん張り、チェッカーフラッグ。60周に及んだ白熱したトップ争いはベッテルに軍配が上がった。
その差1.008秒。本当に僅かの差で勝利の逃したライコネン。全ては41周目を終えた後の戦略が勝敗を分けたのかもしれない。グロージャンのアンダーカットを防ぐためにベッテルがピットイン。ここまでは計算通りだったが、この後1、2周だけプッシュしてピットに入っておけば最終的にトップでコースに復帰できた可能性もあった。「タラレバ」を言い出せば切りはないが、チャンピオンチームとの“目には見えない差”を見せつけられたロータス陣営、そしてライコネンのドイツGPだったような気がした。
【念願の母国初制覇、後半戦に向けて価値のある1勝】
ウイニングランでチーム代表のクリスチャン・ホーナーから、無線を通じて祝福されると、ベッテルは何度も何度も雄叫びを上げて喜んだ。ここは彼の母国ドイツ。F1デビューから8年目、数えきれないほどの最年少記録を更新し、長いF1の歴史の中で2人しか成し遂げたことのなかった3年連続チャンピオンという栄誉も手にしたベッテル。そんな彼が、どこのグランプリよりも、どんな素晴らしい記録よりも、一番勝ちたかったレース、一番欲しかった“1勝”だったことは間違いないだろう。
どんな一流ドライバーでも母国GPでは気合いが空回りしてなかなか結果に結びつかない。あのアイルトン・セナやミハエル・シューマッハらも母国GPでは苦戦ばかり強いられた。今回も序盤でトップに立てたものの終始ロータスの2台に追いかけられる展開になったベッテル。しかし、母国初制覇のために集中力を切らさず、特に最後5周のライコネンの猛追をミスなく気迫で振り切った。母国優勝という点以外でも後半戦に向けて、さらなる自信につながる1戦だっただろう。
前回イギリスGPでは今季初のリタイアで0ポイントに終わったが、この勝利で再び4連覇に向けて歩み始めたベッテル。それでもまだシーズンの半分が終了したに過ぎず、まだ10レースも残っている。26歳の若き王者の4連覇への長く険しい道のりは、まだまだ続いていく。
『記事:吉田 知弘』
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