今年もル・マン24時間レースが6月16・17日にフランス ル・マンにあるサルトサーキットで開催され、1号車アウディR18 e-トロン クワトロ(A・ロッテラー/M・ファスラー/B・トレルイエ)が総合優勝を飾った。
第80回大会となった今年は昨年の覇者アウディR18をはじめ、トヨタが13年ぶりにワークス参戦、TS030ハイブリッドで総合優勝を狙うなど、見どころ満載のレースとなったが、トヨタ勢は2台ともアクシデントやトラブルに苦しめられ、夜明け前にリタイヤを余儀なくされた一方でアウディ勢は躍進。アウディR18が表彰台を独占し、“アウディの強さ”が終始目立った。
レース序盤ではアウディ勢に引き離されるも、3時間を過ぎたあたりから、着実に追い上げ、一瞬だが7号車トヨタがトップを奪うなど、昨年総合優勝という実績のあるアウディR18に対しル・マンデビュー戦となるトヨタTS030ハイブリッドは、途中まで大健闘の走りをみせた。しかし、いざ24時間のレースを終えてみると、トヨタは2台ともリタイヤ。アウディ4台は全てが完走しただけではなく、トップ5に入るなど、速さ・強さを見せ付けた。この圧倒的な強さの裏側には、彼らの中にあった「勝つための方程式」に、今までにはなかった“新しい要素”が加わっていたと思う。
今回優勝した1号車をはじめ、結果だけを見ると24時間を順調に走りきったかのように見えるアウディ勢。しかし、実際には大きなタイムロスになってもおかしくないトラブルがいくつか起きていたのだ。
まずはレース前半。3号車アウディR18ウルトラ(M・ジェネ/R・デュマ/L・デュバル)がミュルサンヌストレート(旧ユノディエール)の第1シケインでクラッシュを喫してしまい、マシンのフロント部分を傷つけた状態でピットに戻ってきた。それまでトップ争いを繰り広げていた3号車だったが、5位に後退。しかし迅速な作業でマシンを修復させ、大きな順位後退を防いだ。
ナイトセッションでは首位を快走していた1号車がコースアウトしウォールにマシンをヒット。マシン修復を余儀なくされるものの、こちらも通常のルーティーン作業のようなスピードで修復してしまう。このため、首位を守ったまま1号車はコース復帰を果たした。
アウディの表彰台独占が見えかけたレース終盤。今度は3号車と2号車が、ほぼ同じタイミングでクラッシュし、マシンにダメージを負ってしまうが、これも約10~20分程度の修復時間でマシンをコースに復帰させた。
一方、トヨタTS030をはじめとしたライバル勢は、一度トラブルが起きると数十分、長いときには1時間以上もガレージの中にこもってしまい、順位を大きく下げてしまっていた。このようにアウディは「アクシデントが起きた時に迅速に対応できる準備」がしっかり行われていたのだ。
特にル・マンのような24時間耐久レースでは、マシンの速さも重要ではあるが、それ以上に「24時間を如何に効率よく走り切るか?」という部分が重要になってくる。そのため、「ノートラブルで走り切る」ことが一番の近道と考えられてきたが、性能差が大きく異なり、ナイトセッションもあるル・マン24時間レースの場合、24時間をノートラブルで走りきることは不可能と言っても良いほど至難の業。そこでアウディが着眼したのは「いかにアクシデントが起きないように準備するか?」ではなく「アクシデントが起きた時にどんな対応が出来るか?」というところだった。そのため、クラッシュをしてサスペンションアームが折れても、短時間で修復できるようにメカニックは訓練を重ね、ガレージの設備や準備するパーツも、全てアクシデントが起きる事を前提に考えられていた。
2000年から10度の総合優勝を勝ち取ってきたアウディ。その中にはトラブルやアクシデントに苦しんだレースも少なくはない。そこで得てきた経験が、今年の「アウディ最強編隊」を生み出したのだ。
実は、F1世界選手権でもマシンの速さ以外の部分で強さを発揮し、黄金時代を築き上げたチームがあった。2000年代初頭にミハエル・シューマッハと共に常勝軍団となったフェラーリだ。もちろん、彼らもライバルに負けない速いマシンを毎年開発していたが、ライバル以上に力を入れていたのが“ピット作業”だ。各レースでは他チームよりも念入りにタイヤ交換練習を繰り返していた他、万が一接触してフロントウイングを破損した場合などのアクシデント発生時、いかに短時間で修復が出来るか?という部分に、いち早く着手していたのも彼らだった。その結果、2000年から5年連続でダブルタイトル(ドライバー・チーム)を獲得する快進撃をみせた。
すでにお分かりの方も多いかもしれないが、この2チームに共通するのが「レース中のアクシデントは避けられないもの、重要なのは起きた時にベストな対処が出来るかどうか?」という部分に意識があるということだ。
私も長い間モータースポーツを観続けてきたが、改めてレースで勝つために一番重要なことは「速いマシン、有能なドライバーを手に入れることだけではない」ということを教えられたレースだった。
高性能なマシン、それを速く走らせるドライバー。それだけ揃うだけはレースは勝てない。最高のマシンと最高のドライバーを影で支え、何が起きても迅速で的確な対応ができるチーム、その全てが完璧に揃わないと世界の頂点には立てない。それが現代のモータースポーツの難しさであり、醍醐味なのかもしれない。
『記事:吉田 知弘』
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