【F1】2013シンガポールGP〜Point of the Race〜:ベッテル今季7勝目“トップを極める走り”

©Pirelli
©Pirelli

 2013年のF1第13戦シンガポールGP。今年もシーズン唯一のナイトレースとして行われ、セバスチャン・ベッテル(レッドブル)が今季7度目の優勝を飾った。予選から決勝まで他を寄せ付けないレース運びを見せポール・トゥ・ウィン。このような独走劇は今年何度も観てきた光景だが、その内容は今まで以上にレベルが高いものだった。かつて皇帝と恐れられ過去最多7度のチャンピオンを獲得したミハエル・シューマッハ以来、およそ10年ぶりに1人の王者が長きに渡ってF1界を制圧していく、そんな予感をさせる1戦だったように思う。今回の「〜Point of the Race〜」では、4連覇を目指すベッテルとレッドブル・レーシングが“トップを極めた週末”にフォーカスを当てて振り返っていく。

【予選で際立ったライバル達との“マシン性能の差”】
 まず圧倒的な違いを見せつけたのが、土曜の公式予選。Q1はタイヤ温存のためミディアムタイヤのみでのアタックで順位も良くはなかった。しかし、スーパーソフトを装着したQ2では、2位のマーク・ウェバー(レッドブル)に対し0.8秒もの大差をつける1分42秒905を記録。続くQ3は、ライバル達が2回タイムアタックを試見るのに対し、ベッテルはわずか1回のみでアタックを切り上げてしまう余裕を見せた。しかし走る度に路面が良くなる傾向にあるマリーナ・ベイ・ストリートサーキットでは2回目の方が大幅にタイムアップすることが多い。そのためウェバーやニコ・ロズベルグ(メルセデスAMG)が続々と区間ベストを更新し、一時はベッテルをガレージ内で不安そうな表情をみせた。だが最終的に誰も上回ることができずチェッカー。終わってみれば、僅か0.091秒差でのポールだったが、もし2回目のアタックを行っていればQ2同様に1秒近い差ができていたに違いない。そう考えると、今回のベッテルはタイム差以上に異次元の速さを見せていたのだ。

©Pirelli
©Pirelli

 それを実現している要素は色々あるが一番大きな影響を与えているのは、やはり今年のレッドブル・レーシングのマシン「RB9」の高い完成度にあるのだろう。今回は市街地コースと言う事で路面は滑りやすく、繊細なドライビングが要求されるが、モナコと違って長いストレートや連続で曲がる中速コーナーもあるなど、1周の平均スピードも高い(モナコ:約160km/h、シンガポール:約175km/h)ため、各コーナーでの“スピード”も重要視される。本当は壁まで数mmのところまで攻めたいというのがドライバーの気持ちだろうが、マシンの挙動が少しでも乱れればクラッシュにつながるため、少し余裕を持たせて走ることになってしまう。今のマシンに全幅の信頼を置けるか?これでラップタイムはかなり変わってくるのが市街地コースの難しいところなのだ。その点でベッテルが駆るRB9はフリー走行の段階から機敏な動きを見せ、ドライバーの意図に沿ってマシンがきっちり曲がり、グリップしている印象を受けた。特に違いがはっきりと出ていたのが観客席下を通るターン18・19の連続ターン。ミスの出やすいコーナーだが、ベッテルは確実にスピードを保ちつつも思い描いた通りのラインに沿ってコーナリング。ターン19出口では左側のタイヤを壁にかすらせるぐらいの勢いで立ち上がっていく。まさに人馬一体ならぬ“人牛一体”の予選アタックだった。

 もちろん、他のチームもドライバーに気持ちよく攻めてもらえるような完璧なマシンを用意しようと努力している。しかしコースコンディションやタイヤとの相性、自分たちが持っているデータなどが影響し、なかなか100%の状態に持っていくのは難しい。その中でチャンピオンチームであるレッドブルは限りなくそれに近いことが今シーズンは出来ているのだ。今年はメルセデスAMG勢が予選での速さで光っているのは確かだが、ドライバー別で見ていくとベッテルはハミルトンと共に今季最多タイとなる5回のPP。それぞれの平均予選結果ではハミルトン(3.38位)、ロズベルグ(4位)に比べ、ベッテルは2.38位。12戦中11戦はトップ3圏内で予選を終えており、異なるタイプのサーキットでも安定して速いというのが証明されている。それこそが今年の快進撃の源になっており、翌日に行われた決勝で“さらにレベルの高い独走劇”を生み出す要素となっていたのだ。

【ベッテル、チームの要求に応えるレース運びで今季7勝目】
 今シーズン5回目となるポールポジションスタートをゲットしたベッテル。スタートでは一瞬ロズベルグに前に出られるが、冷静な判断ですぐにトップを取り返すと、いつも通りの先行逃げ切り作戦を開始。前述にもあった予選から見せていた速さも加わり、3周目には早くも5秒のリードを築いた。

 17周目に1回目のピットストップを終え第2スティントに突入すると後続との差は10秒に開いた24周目、ダニエル・リチャルド(トロ・ロッソ)がターン18でクラッシュ。このマシン回収のためにセーフティカーが導入され、少しずつ流れが狂い始める。これで今まで築いた10秒の貯金は全てゼロになってしまったのだが、それ以上に彼を悩ませる事態が発生してしまっていたのだ。毎年このようなSC導入の展開になりやすいシンガポールGP。このため、一部のチームでは「もし終盤にSCが入りラスト数周でのスプリント戦になった場合、スーパーソフトを履いている方が絶対有利」という見解があり、最終スティントにスーパーソフトに履き替える作戦を考えていたチームが多かった。特にベッテルは前日の予選Q3で唯一1回のみのタイムアタックで終えているため、新品が1セット残っている状態。それを“もしもの展開のために”最終スティントで投入する作戦だったのだ。ただ、レースはまだ半分にも達しておらず30周以上も残っている。ピットでのロスタイムを考えると2ストップがベストな選択肢と言われている中で、ここでのスーパーソフト投入は早すぎる。こういった理由によりベッテルはステイアウト(ピットに入らずコースに留まること)を選択した。

©Pirelli
©Pirelli

 しかし、ここでさらなる予期せぬ事態が発生する。これまで後続のアロンソやライコネンらは2回目のピットストップを済ませてしまったのだ。順位は落としたものの上位とのタイム差がない状態でレース再開を迎える。この時点で5位アロンソの差は2.9秒。残り周回を考えると最低でもあと1回はタイヤ交換が必要なベッテルは、そのロスタイム(約30秒)を稼がなければ逆転を許してしまうことになる。交換をしてから(SCランを含め)15周近く走りこんでいるタイヤで、またいつアクシデントが起きるかも分からないという限られた条件の中で30秒のリードを築く。普通なら限りなく無理に近い話だ。

 だが、4年連続チャンピオンを目指す現王者は冷静に周回を重ね、1周あたり約2秒のリードを築いていく。与えられた状況下でチームが求めている結果(後続とのギャップを30秒にする)を見事やってのけたのだ。44周目、アロンソとの差が30.6秒まで開いたところで2回目のピットイン。こういう重要な場面で最大限の力を発揮するレッドブルチームのメカニックによる迅速な作業にも助けられ、トップのままコースに復帰した。ここまで来れば、あとは逃げるだけ。昨日の予選で残した新品スーパーソフトタイヤで三度独走劇を演じ、最終的には32.6秒の大量リードでゴール。今季7勝目を飾った。

【皇帝が魅せてきた“完璧なレース”を再現。ベッテル時代の到来も間近か?】
 チームとして、メカニックとして、ドライバーとして全員がやるべき仕事を完璧にし、さらに速くするために細かいところまで追求された結果が随所に現れたレース。勝つためには必要な事なのだが、それをシーズン通して維持し続け事ができるドライバー・チームは非常に限られる。実際に10年前のシューマッハとフェラーリチームは、それらが完璧にできており、“マシンだけ”“ドライバーだけ”を良くするのではなく、週末に発生する全ての要素を完璧にするチーム作りが重点的に行われていた。ここまで表面上では見られる機会が少なかったが、レッドブルチームも、代表のクリスチャン・ホーナーを中心にこのような「基盤作り」が着々と行われていたのだろう。初タイトルを獲得した2010年はリタイアも多く最終戦までチャンピオン争いがもつれ込んだが、今シーズンのベッテルはイギリスGPでのマシントラブルによるリタイアはあったものの、残る12レース全て4位以内でフィニッシュしている。地道に進めてきた「基盤作り」が結果となって現れ始めている証拠なのだろう。この状態が継続されていけば、彼らの4連覇だけではなく、来年以降の5連覇、6連覇と続いていく可能性も十分にあり得る。

 一部のファンからは「つまらない、面白くない」という意見も少なからずあるだろうが、シューマッハ時代を知っている筆者としては「ベッテル時代は何年続くのか?シューマッハが打ち立てた歴代記録を塗り替えてくれるのか?」と興味津々の気持ちの方が強い。目の前の1レースで楽しむのではなく、60年以上続くF1の歴史が、また一つ動いていく。その瞬間を目撃することが出来るのではないか?という部分に注目して、今後も彼の活躍を追いかけたいと思う。

©Pirelli
©Pirelli

 今回の優勝でアロンソとの差を60ポイントに広げたベッテル。次回の韓国GPでのレース次第にはなるが、早ければ10月の日本GPで4度目のチャンピオンが決まる可能性が出てきた。まだ鈴鹿サーキットでも観戦チケットが発売されている。もしチャンスがあるのであれば、実際に鈴鹿に足を運んでいただき、史上最も強いパッケージと言われるようになるかもしれないベッテルとレッドブルチームの走りを、ぜひ生でご覧いただきたい。

『記事:吉田 知弘』

吉田 知弘(Tomohiro Yoshita)

投稿者プロフィール

フリーのモータースポーツジャーナリスト。主にF1やSUPER GT、スーパーフォーミュラの記事執筆を行います。観戦塾での記事執筆は2010年から。翌年から各サーキットでレース取材を重ねています。今年はSUPER GTとスーパーフォーミュラをメインに国内主要レースをほぼ全戦取材しています。
初めてサーキット観戦される初心者向けの情報コーナー「ビギナー観戦塾」も担当。

この著者の最新の記事

関連記事

コメント

  • トラックバックは利用できません。

  • コメント (0)

  1. この記事へのコメントはありません。

ページ上部へ戻る